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こんなところに忠臣蔵?


「仮名手本忠臣蔵」は、赤穂事件を題材とした人形浄瑠璃・歌舞伎の人気演目のひとつです。

その物語に登場する与市兵衛さんは、京都の山崎に暮らすお百姓さん。物語の中でころされてしまうんですが、その与市兵衛さんのお墓が長岡京市のとある住宅街にあるんです。

いえ、正しくは、

お墓と長く思われ続けていた石碑があるんです!

この地が与市兵衛の殺された場所にあたることと、そういう噂になるくらい、忠臣蔵の物語が庶民に親しまれていたことが理由だとか。なので「伝 与市兵衛の墓」、「与市兵衛の墓と伝わっていた場所」として伝わっているんです。ちょっとややこしいですが、なんだかおもしろいですね。

じゃあこの石碑はなんなんだというと清誉浄佐という人物が、両親を供養するため、高野聖を千人寄宿させたことを石碑に刻んで置いた…だそうです。高野聖は高野山を起点に全国を行脚しているお坊さんのこと。清誉浄佐のご両親は国中を歩く高野聖をきっと手厚くもてなしていたんでしょうね。

ちなみに、12月14日は赤穂浪士47人が吉良邸に討ち入りした忠臣蔵の日といわれています。大石内蔵助良雄が討ち入りを決意する間、京都の山科に隠棲したと伝わることから、山科では「山科義士まつり」を開催。討ち入り装束の義士隊列がゆかりある寺社と街を練り歩き(かわいい子ども義士隊も!)、踊りや芝居も行われます。

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