京都が誇る伝統工芸、京友禅。
かつて京の街を彩った「友禅流し」は、染め上げた生地から余分な染料や糊(のり)を川の水で洗い流す、京友禅の作業工程を言い表しています。その舞台のひとつが、京都の主要道路・堀川通沿いを流れる「堀川」でした。
時代の移ろいとともに川の姿は変わり、現在は川でその作業が行われることはありません。しかし、堀川通の周辺には、今も染色関係の工房が数多く集まっています。緑のタイルが印象的な「石田万染工場(いしだまんせんこうじょう)」も、その伝統を今に伝える一軒です。

家族3人で受け継ぐ京友禅工場
通常、京友禅は多くの工程を専門の職人が分担して仕上げますが、「石田万染工場」では、下絵から染めに至るまで自社工場で一貫製作をしています。筆や刷毛(はけ)で絵を描くように染める「手描き友禅」をはじめ、型染めやろうけつ染めといった多彩な技法を駆使。着物や帯、洋服、雑貨など幅広いアイテムのオーダーメイドや染め直しに取り組んでいます。

現在は、「京の名工」に選ばれた手描京友禅伝統工芸士の三代目・石田万介さんと、同じく手描京友禅伝統工芸士である弟の石田峻也さん。そして万介さんの娘で見習いの稲井育子さんのご家族3人で切り盛りされています。


「継がないでくれ」父の言葉を受けたその先で

子どもの頃から京友禅を身近に感じて育った育子さんですが、最初から職人を志していたわけではありませんでした。
大学は法学部へ進学。就職活動を前に、父・万介さんへ「家業を継がなくてもいいのか」と尋ねた際、返ってきたのは「お願いだから継がないでくれ」という言葉でした。「斜陽産業ともいわれる業界なので、苦労させたくないという親心だったのだと思います」と、育子さんは当時を振り返ります。
一度は一般企業に就職したものの、「好きなことを仕事にする方が自分に合っている」と感じたことから、興味のあったグラフィックデザインやプロダクトデザインを学ぶため、東京の専門学校へ進学。
その東京で出会った人たちに家業の話をすると、強い関心を示してくれることも多く、育子さんは「京友禅は自分の強みになる」ことを実感します。そして、自身が学んだグラフィックデザインを京友禅に活かしたいと考えるようになりました。
後悔しない生き方、職人の道への決断
父・万介さんにその想いを伝えると、京友禅で仕立てた洋服や雑貨を展開するブランド『祇園359』の立ち上げに関わらないかという提案を受けました。
育子さんは立ち上げから商品企画、販売、事務作業など、あらゆる業務を担当。次第に「自分も作り手になりたい」という気持ちが強まり、ものづくり企業を技術面からサポートする「地方独立行政法人 京都市産業技術研究所」の研修を受け、京友禅の技術や知識を深めました。

そして、コロナ禍に出産という転機を迎えた時、自身についてじっくり考える時間を得たことで「後悔のないように生きたい」と、職人になる決断をします。
着物の魅力をさりげなく届ける『icco』
そうして誕生したのが、自身のブランド『icco(いっこ)』です。この名前には、世界に一つしかない、とっておきの「一個」を届けたいという想いが込められています。

育子さんが目指すのは、京友禅とグラフィックデザインを掛け合わせた、現代の暮らしに馴染むプロダクト。主なアイテムは、古い型紙を生かして染め上げた正絹(シルク)のインテリアパネルやアクセサリーです。これらは既存の着物リメイクではなく、一から染め上げた専用の生地を使用。
その中から、おすすめの作品を2種類ご紹介しましょう。
1.『京友禅 重ね色目の耳飾り(ピアス/イヤリング)』
平安時代の宮中で愛された配色パターン「重ね色目(かさねいろめ)」をヒントに、季節の彩りを月ごとに表現。たとえば6月の『葵(あおい)』は、カキツバタや菖蒲を思わせる色彩の上に、伝統的な流水紋様をのせ、初夏の清々しい水辺をイメージしています。

2.『京友禅 虹の耳飾り(ピアス/イヤリング)』
2025年大阪・関西万博のパビリオンのひとつ「Better Co-being(ベター・コー・ビーイング)」をきっかけに誕生した一品です。パビリオンのテーマだった「虹」をイメージし、計8種類のカラーを展開しています。

手で染めるため、1個1個の表情が異なるのもポイント。

奥左から:『京友禅 虹の耳飾り』より、『黄』、『七色』
耳飾りに仕立てるのは、手作り市で出会ったアクセサリー作家さん。
一歩ずつ、職人として成長するために

自身のブランド活動や『祇園359』の業務と並行し、父や叔父とともに工場の仕事に励む育子さん。「いつかは、着物や帯も自分でしっかり作れる職人になりたい」という目標を胸に、糸目糊や色挿しといった伝統技法を、日々の実践を通じて磨き続けています。
一度は娘を職人の道から遠ざけた父・万介さんも、今はその成長を静かに見守り、「一貫製作ができる工場の強みも生かし、従来のやり方にとらわれず道を拓いてもらえたら」と、エールを送ります。


かつて「友禅流し」が京の街を彩った、堀川通のほど近く。伝統を受け継ぎながらも、現代の暮らしに馴染む京友禅の在り方を模索する「石田万染工場」には、次世代へとつながる新しい風が吹き込んでいます。
■「石田万染工場」『icco』の作品販売場所
公式オンラインショップ https://mankyoyuzen.base.shop/
※『icco』の作品は「貴船コスメティックス&ギャラリー」(京都市左京区)、「永楽屋 本店(2階/喫茶室)」(京都市中京区)、「祇園359」、「Bon-Hair stylist」、ポップアップイベントなどでも手に取ることができます。
■有限会社 石田万染工場
https://www.instagram.com/ishidaman_yuzen/
■『icco』を中心にご紹介した「石田万染工場」のショート動画もぜひご覧ください
